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ここが柏竹やぶの系譜にも出てくる阿部師の一番目の弟子のお店。昭和46年から修行が始まりました。柏竹やぶのお弟子さんが独立して持ったお店を訪ね歩いています。茨城県の阿見町で、3番目のお弟子さんである丸山さんのお店夫婦庵丸山を見つけられたのは実に幸運でした。そのとき、丸山さんから、柏竹やぶで修行した3人は今でも親交があると言うお話を聞きました。その3人こそが、柏竹やぶの系譜で初代、二代目、そして三代目のお弟子さんだった3人なのです。二代目は我孫子の蓬庵を営む川口さん。そして初代がこのおみせ、柏の志奈乃の店主なのです。系譜年表を拝見すると、初代の修行開始は昭和46年となっています。そして昭和47年には3人が同時期に修行に入っていることが分かります。この時代は、“駅前時代”と称せられ手賀沼に移転する前の創世記のお店です。ここで修行したお弟子さんは合計8人。白井市にあるあや竹は6番目のお弟子さんの店で、ここから駅前時代から手賀沼時代へと変遷していったようです。さて志奈乃ですが、柏駅の南口で降りて線路に沿ってどんどんのぼっていったところにあります。上り、って上野方向という意味です。少し行くと新しくできたスリランカ料理の黒い建物が見えてきます。更にもう少し行くと左手にこじんまりとした蕎麦屋さんが見えて来てそこが志奈乃です。スリランカカレーまでは食べに来る人もいますが、それから先にお店があることは本当に地元の人しか知らないかもしれません。この日は、東口方面の銀座通りでうなぎをいただきました。芳野屋さんです。ちょっと気合を入れて、調べて決めたお店でした。鰻、うまかったなあ。すっかり満足して、そこからてくてく歩いて志奈乃までやってきました。鰻の後のデザートは日本蕎麦って昔から決まっている、と聞いたことがあり(ないない)連食ではなくドルチェがわりです。お店の中に入ったのは12時半。お店はテーブル席と小上がりの席を組み合わせたこじんまりとしたお店ですが、なかなか下町のような風情があって、蕎麦をいただくにはいい感じです。おかみさんが迎えてくださいました。このまえ、丸山さんのお店にお伺いしてこちらのお話をお聞きしたんですよ。ご挨拶してから着席しました。自分、我孫子からきました。家は蓬庵さんが移転される前のお店に近いです。もっとも今だって青山ですから、そんなに遠くないですけど。青山と言っても、246号の青山ではなく、我孫子市青山ですが、何か。新蕎麦が出ていましたね。蒲焼後のデザートですから、ここはせいろ(650円)でお願いしました。品書きを拝見すると、にしんがありますね。今までお伺いしたお弟子さんのお店、すべてに共通したメニューです。このお店ではうどんのメニューもありますね。場所がらニーズがあるのでしょう。おかみさんと話をしていたら、さ、せいろの登場です。これはまた予想外のお蕎麦の登場でした。極細切りでくると100%思っておりましたが、目の前に置いてある蕎麦は、おいしそうにつややかにしっとりした蕎麦肌を見せておりますが、形状は中くらいの太さの平打ちです。へ~え、って感心してます。蕎麦粉自体はもう出所、素性が分かっておりますのでこれは個性を発揮するのはなかなか難しいと思いますが。平打ちでしたか。これはおもしろい。丁寧に刻まれた葱と本山葵。蕎麦の風味を消しこむ海苔は今回も不要です。葱も蕎麦湯用で蕎麦には要りません。山葵はときどきなめたり、蕎麦に塗りますので、これは必要。ではさっそく蕎麦をいただきます。風味が静かに鼻腔を抜けていきます。この瞬間が好きです。何とも温かい穀物のもつ風味がいとおしい。蕎麦はきんきんに冷やすところまでは〆てませんが、水切りは万全ですね。基本です。食感的には見た目の噛ませる蕎麦ではなくてすすりあげて飲む系の蕎麦です。これはせいろがいちばんおいしくいただけるかなあ、とこれはあくまで個人の感想です。持ち上げる丈もちょうど塩梅がいいですね。いい蕎麦だと思います。つゆが気に入りました。濃厚で出汁をきかせ、やや甘口にまとめてます。このつゆには個性が全部でますね。おかみさんもそうおっしゃってましたが、各店各様。つゆに蕎麦の先をつけてすすりあげる。愉快な瞬間。つゆと蕎麦が口の中で混じりあい、それぞれの単独では決して味わえない極楽の味に変化していきます。うまいねえ。蕎麦に集中できる環境、空気というものがいかに大切なのか、最近よく感じます。このお店が永い時間をかけて醸成されたこの空間は何物にも得がたく。最後は年季の入った黒塗りの湯桶から蕎麦湯をそそいで。ごちそうさまでした。おかみさんは小さな店なのでたいへんだ、とおっしゃってました。もっと多くの人が蕎麦を食べるようになり、蕎麦の作付面積が増大し、ますますおいしい蕎麦が安価で食べられる。そんな時代が早く来るようにお店のご繁盛を願ってやみません。
まいど~ この前行ってきたけど 竹やぶ出身って本当やったんやね~ でも、永遠の別れを告げた訳だが…
柏竹やぶのお弟子さんが独立して持ったお店を訪ね歩いています。茨城県の阿見町で、3番目のお弟子さんである丸山さんのお店夫婦庵丸山を見つけられたのは実に幸運でした。そのとき、丸山さんから、柏竹やぶで修行した3人は今でも親交があると言うお話を聞きました。その3人こそが、柏竹やぶの系譜で初代、二代目、そして三代目のお弟子さんだった3人なのです。二代目は我孫子の蓬庵を営む川口さん。そして初代がこのおみせ、柏の志奈乃の店主なのです。
系譜年表を拝見すると、初代の修行開始は昭和46年となっています。そして昭和47年には3人が同時期に修行に入っていることが分かります。この時代は、“駅前時代”と称せられ手賀沼に移転する前の創世記のお店です。ここで修行したお弟子さんは合計8人。白井市にあるあや竹は6番目のお弟子さんの店で、ここから駅前時代から手賀沼時代へと変遷していったようです。
さて志奈乃ですが、柏駅の南口で降りて線路に沿ってどんどんのぼっていったところにあります。上り、って上野方向という意味です。少し行くと新しくできたスリランカ料理の黒い建物が見えてきます。更にもう少し行くと左手にこじんまりとした蕎麦屋さんが見えて来てそこが志奈乃です。スリランカカレーまでは食べに来る人もいますが、それから先にお店があることは本当に地元の人しか知らないかもしれません。
この日は、東口方面の銀座通りでうなぎをいただきました。芳野屋さんです。ちょっと気合を入れて、調べて決めたお店でした。鰻、うまかったなあ。すっかり満足して、そこからてくてく歩いて志奈乃までやってきました。鰻の後のデザートは日本蕎麦って昔から決まっている、と聞いたことがあり(ないない)連食ではなくドルチェがわりです。
お店の中に入ったのは12時半。お店はテーブル席と小上がりの席を組み合わせたこじんまりとしたお店ですが、なかなか下町のような風情があって、蕎麦をいただくにはいい感じです。おかみさんが迎えてくださいました。
このまえ、丸山さんのお店にお伺いしてこちらのお話をお聞きしたんですよ。
ご挨拶してから着席しました。
自分、我孫子からきました。家は蓬庵さんが移転される前のお店に近いです。もっとも今だって青山ですから、そんなに遠くないですけど。
青山と言っても、246号の青山ではなく、我孫子市青山ですが、何か。
新蕎麦が出ていましたね。
蒲焼後のデザートですから、ここはせいろ(650円)でお願いしました。品書きを拝見すると、にしんがありますね。今までお伺いしたお弟子さんのお店、すべてに共通したメニューです。このお店ではうどんのメニューもありますね。場所がらニーズがあるのでしょう。おかみさんと話をしていたら、さ、せいろの登場です。
これはまた予想外のお蕎麦の登場でした。極細切りでくると100%思っておりましたが、目の前に置いてある蕎麦は、おいしそうにつややかにしっとりした蕎麦肌を見せておりますが、形状は中くらいの太さの平打ちです。へ~え、って感心してます。蕎麦粉自体はもう出所、素性が分かっておりますのでこれは個性を発揮するのはなかなか難しいと思いますが。
平打ちでしたか。これはおもしろい。丁寧に刻まれた葱と本山葵。蕎麦の風味を消しこむ海苔は今回も不要です。葱も蕎麦湯用で蕎麦には要りません。山葵はときどきなめたり、蕎麦に塗りますので、これは必要。ではさっそく蕎麦をいただきます。
風味が静かに鼻腔を抜けていきます。この瞬間が好きです。何とも温かい穀物のもつ風味がいとおしい。蕎麦はきんきんに冷やすところまでは〆てませんが、水切りは万全ですね。基本です。食感的には見た目の噛ませる蕎麦ではなくてすすりあげて飲む系の蕎麦です。これはせいろがいちばんおいしくいただけるかなあ、とこれはあくまで個人の感想です。持ち上げる丈もちょうど塩梅がいいですね。いい蕎麦だと思います。
つゆが気に入りました。濃厚で出汁をきかせ、やや甘口にまとめてます。このつゆには個性が全部でますね。おかみさんもそうおっしゃってましたが、各店各様。つゆに蕎麦の先をつけてすすりあげる。愉快な瞬間。つゆと蕎麦が口の中で混じりあい、それぞれの単独では決して味わえない極楽の味に変化していきます。うまいねえ。蕎麦に集中できる環境、空気というものがいかに大切なのか、最近よく感じます。このお店が永い時間をかけて醸成されたこの空間は何物にも得がたく。
最後は年季の入った黒塗りの湯桶から蕎麦湯をそそいで。ごちそうさまでした。おかみさんは小さな店なのでたいへんだ、とおっしゃってました。もっと多くの人が蕎麦を食べるようになり、蕎麦の作付面積が増大し、ますますおいしい蕎麦が安価で食べられる。そんな時代が早く来るようにお店のご繁盛を願ってやみません。