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「せいろ(700円)」@夫婦庵丸山の写真日曜日もストーカーにあっている美食家です。

とうとう突き止めて食べることが出来ました夫婦庵。店主は柏竹やぶ出身者の古いほうから3番目。

柏竹やぶで修行した方々が、その後独立してどのような個性のお店を持ったのか、どのような蕎麦を打つのかとても興味があります。柏竹やぶの阿部師の影響の大きさにはおどろくばかりですが、片や修行時代のものを更に進めようとする出身者の努力も見逃せません。いままで出身者のお店をいくつか訪ねました。

阿部師の著書名人の真髄の巻末に系譜が掲載されてます。それと自分が訪問したお店を重ね合わせると、

蓬庵(千葉県我孫子市)2番目の弟子、昭和46年~51年修行
あや竹(千葉県白井市)6番目の弟子、昭和55年~平成3年
鬼怒川竹やぶ(茨城県守谷市)10番目の弟子、昭和62年~平成8年
木挽庵(茨城県那珂市)16番目の弟子、平成8年~平成10年
ここまでが系譜に載っています。以降はデーターがありませんが、出身者のお店ですでに訪問した3軒です。
藪から坊(千葉県市川市)
季より(茨城県牛久市)
手造りそば打墨庵加瀬(千葉県鴨川市)

つくばに3番目のお弟子さんがやっているお店、夫婦庵が存在していることが分かりました。ところがどうやら閉店してしまってようで、記録がぷっつりと切れてしまいます。その後偶然からこの夫婦庵を閉じた丸山さんは、実家に戻り夫婦庵丸山として再出発していたことが分かりました。実家は元々そば屋さん。屋号が満る山。ご長男が店を継いで三男の丸山さんが柏やぶへ修行に出て。

やぶを卒業して土浦にお店を構え、それを発展する形でつくばに移転開業。これがウェブ上でも評判をとり、行列が目にするわけです。そして、ご長男の引退に合わせてつくばのお店を閉じ、実家に帰って再出発となるわけです。ここでやっと糸が結びました。お店があるのは茨城県阿見町です。つくばの地元タウンサイトにも登場し、住所が分かりました。すぐさまお店に行きます。ああ、この店知ってます。お店の前はしょっちゅう通ってました。しかし、お店は閉じられていて、入り口に貼紙が。

交通事故に遭いしばらく閉店します。

なんてこったい。それから1,2ヶ月待って、いつも閉じていた店にようやくのれんが出されているのを発見。永かった発見の旅が終わり、店主の丸山さんに初めてお会いすることになりました。

目の前にベテランのそば職人が立ってます。

お怪我の方は大丈夫ですか?

いやあ、やられちゃいました。まだ首のところがどうにも痛くて、今日もこのあと病院に行きます。

完全には治癒されてない状況でした。10月の下旬のことです。お店は先代の後を継いだわけですから、こじんまりとしていて、その時代にはハイカラだったお店も時間の流れには逆らえず、それなりに時代を感じさせます。

奥様とお二人で文字通り夫婦でお店を回していました。奥様も被災されたようです。先客は1組。常連さんでしょうか。食事はとっくに済んでいる様子。話が続いていて腰をあげる様子はまったくありません。お店の前の駐車場が空かず、30分待っての入店でした。

丸山さんから修行時代のお話を聞きました。今でも初代から三代目まではとても仲がいいそうです。自分の家は蓬庵の近くなんですよ、で話が盛り上がります。そろそろ病院に行く時間とのことですので、急ぎせいろ(700円)をいただきます。

これですね。まあ何ともすごみのある細打ちです。蕎麦粉は一括で仕入れているものでしょうか。エッジがきりりとして立ってます。この時はまだ力が入らないとおっしゃってましたが、出来栄えには影響してませんね。手繰って試食します。蕎麦の風がふわっと吹いた感じで、そう言えばお店の外には新蕎麦打ち始めました、って貼紙がありましたね。穀物の甘さも十分です。

蕎麦猪口からつゆをちょこっと舐めました。やっぱりちがいますね。辛口のきりりとしたシャープなつゆです。修行は厳しかった、と当時を振り返って話してくれましたが、こうやって財産は残ってますね。蕎麦を下3分つけて一気にすすりあげ。うまいなあ。蕎麦の醍醐味です。やっと食べることが出来た夫婦庵丸山。次回はもっとゆっくりして、歯切れのいい話しっぷりのご主人の話を存分にお聞きすることにしましょう。まずはお会いできてよかったです。

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